
メルハバ!!
正月明けの帰省のお供に選んだ雑誌は、大好きなTRANSITのトルコ特集。
いつもながら写真が美しく、文章も丁寧で、ググっと旅情をかき立てられてます。
私がトルコを旅したのは、1998と、1999の夏。
アジアとヨーロッパの最果ての地は、大陸横断のバックパッカーの旅の始まりの地であり、終わりの地でもあり、また中継地点でもあります。
カッパドキアの石灰岩でできた巨石群や地下都市の遺跡に冒険心をかき立てられ、
ロンプラにすら載ってなかった地中海の秘境リゾートでとんでもなく美しい海と戯れ、
イスタンブールの歴史的建造物や、アジアとヨーロッパが交錯する独特な街並みも素晴らしく、どこもかしこも思い出深いのだけれど。
最も印象的なのは、1999年の夏に見た、皆既日食。
漆黒の空に、グランドクロスという意味深げな星の配置が重なるスペシャルな皆既日食。
ノストラダムスの予言では恐怖の大魔王が降りてくるはずだった頃。
2000年を無事に迎えられるのか、心のどこかでほんとに何かあるかな?とほのかに想い巡らせてたあの頃。
当時、あの予言は、この日食のことを言ってるのでは?
なんてことも言われてたっけね。

ここまで来たら、100%の皆既日食を体験しなくては意味がないでしょ!
ってことで下調べしていた町は、私たちが行こうとした頃はすでに、観光客で満員御礼。
流れ流れて、聞いた事もなかった小さな田舎町に行き着いた。
そして案の定、名前をすっかり忘れた、笑

そこは素晴らしい場所で、
遠くに霞む地平線まで、高台の視界は360°。
周りには、私たち一行以外、ほぼ誰もいなかった。
少なくとも今までの人生では、一番贅沢な天体観測だった。
手がブレブレで貴重な日食写真はうまく撮れなかったのだけど、
夕暮れとも、日の出前とも違う、独特の暗さや、
ゴウゴウと強まっていく風、一気に下がった気温(乾燥してる場所だからかな?)、
黒い下敷き越しに見た欠けてく太陽と、空に浮かんだ完璧な太陽のリング。
瞬間的に、スイッチを切ったかのように夜が訪れた不思議は、
頭の中のタイムマシーンを使えば、すぐに飛んで行けそうなほどに強烈に覚えている。
そして太陽が再び顔を見せてくれたときの安堵感もこの上なく、
太陽のありがたさをつくづく想った。
周りが静かで、誰もいない、よく知らない異国で観測したということが大きく影響しているかもしれない。それはとても神秘的で美しい体験だったのだけど、私にとっては、日食イエイ!っていう軽さはなくて、神々しさと同時に何か、厳かな恐怖みたいなものもあった。
私たちは、日食という現象があることを知っているけれど、何の前触れもなくこうやって太陽が姿を消してしまったら、とりわけ信心深くなくても祈りを捧げたくもなるだろう。
日本では記憶にない人がほとんどなのだろうけれど、
皆既日食の数日後、トルコ北西部を中心に、大地震が起きた。
幸い、私たちは離れた場所にいて、仲間もみんなケガもなかったけれど、
地震自体は1万7000人もの犠牲者を出し、60万人が家を失った、大きな地震だった。
翌日だったか、いつだったか定かではないけれど、イスタンブールで見た新聞の一面には、ノストラダムスの肖像画が大きく載っていた。
読めないので推測の域をでないけど、あの予言が的中した、ということだったんだろう。
偶然だけど、
これを書いてる日は偶然にも阪神淡路大震災からちょうど17年の日。
あらためて、犠牲になられた皆様のご冥福をお祈り致します。
今年、2012年は、いわずもがなのマヤの予言の年。
当時遊んでた友人からのあけおめメールにもあったけど、ノストラダムスは微妙だけど、マヤは確実だ、みたいな話も当時あったな。結果的に、場所によってはノストラダムスの予言もあたったんだけどね。
そして今、世界を見渡せば、
独裁指導者が支配した国々が崩壊し、世界的に経済が行き詰まり、いわゆる主要国を含む多くの国の代表が交代し、エネルギーのあり方そのものであったり、資本主義経済の価値そのものが揺らぎはじめた。帰路のまっただ中に、私たちは立っている。
そんな時代の変換期に、やや大人である自分が居られて、よかったと思う。
やがて来る時代は、誰かのレールにしかれたものではなく、全く新しい形で、きっと私たちの手の中にはもう、そのしっぽの先が見え隠れしてるはず。
スティーブジョブズの創造性が、世の中のあらゆるシステムをがらりと変えてしまったように。

明るい未来をこの手の中に。
がんばろう、大人達!!
。。脱線しちゃったな、笑